ある、ひとつの 麻雀史

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ある、ひとつの麻雀史

麻雀業界の記憶を辿る旅

 この企画は麻雀業界にかかわった様々な人々の記憶を辿る旅である。
 第1回目の今回は、ある麻雀卓メーカーの取締役をつとめた人物が辿る全自動麻雀卓の歴史。
 さあ、旅の始まりです。

 ボン・ヴォヤージュ!

 麻雀卓というものは、麻雀にとっては単なる道具ではなく、ゲームとして娯楽として競技として、その本質を根底から大きく変えてしまうもの。
 例えば現代では当たり前になっている全自動麻雀卓ですが、これがない時代は、知らない相手と麻雀を打つ時は常に不正を幾ばくか警戒する必要があったでしょうし、不正でなくとも手積みの際に積んだ牌を覚えておくなどグレーゾーン的な作為はあったものと思われます。
 よって全自動麻雀卓の登場は、麻雀を競技・ゲームとして平等かつクリーンなものとする、極めて重要な出来事だったのです。
 また細部の機能に関しても麻雀の性質を変えるものが多く、現在では標準装備になっている持ち点表示も、これを自分の記憶に頼って戦略を立てるとなると頭の使い方が変わってきます。更に近年普及が進んでいる自動配牌システムなどは対局時間の短縮に大きく寄与しており、これによって雀荘経営のビジネスモデルにも影響が出ています。

 このように、「麻雀」そのものに多大な影響がある麻雀卓ですが、意外なほどその歴史は語られていません。そこで今回は、元麻雀卓メーカーで取締役をつとめた人物(以下K氏)、全自動麻雀卓の過去・現在、そして未来について語ってもらいます。

編 「こんにちは。今日はお話をお聞かせ願えるということで、ありがとうございます」

K 「こんにちは。よろしくお願いします」

編 「早速ですが、全自動麻雀卓の起源について教えてください」

K 「はい。今お店やご家庭で使用されている全自動麻雀卓の始まりは、昭和49~50年(1974~1975年)に大阪の都島興産『マグジャン』という『半自動麻雀卓』でした。これはご記憶がある方もいらっしゃると思いますが、スイッチを押すと振動と磁石によって麻雀卓がすべて裏返るという機能で、当時としては極めて画期的でした」

編 「私も『マグジャン』という名前は聞いたことがありますね」

K 「スイッチを入れると、卓の中に埋め込まれた電磁石が通電し、磁気を発して円を描いて回ることにより、卓上の牌が程よく混ざりながら裏返っていくという仕組みです」

編 「基本的な原理は、現在の全自動麻雀卓と似ていますよね」

K 「ええ。すべての麻雀卓がこの原理を踏襲していますので、完全に原型と言っていいでしょうね。そして驚くべきことに、昭和55年(1980年)頃には、『配牌式マグジャン』という名前の、自動配牌式の麻雀卓も発売されているんですよ」

編 「ええっ?自動配牌のシステムは2000年頃に出現したと思っていました」

K 「驚きですよね。ただ牌のセットに時間がかかってしまうため、残念ながら当時の市場にはあまり受け入れられなかったようです。またその当時は、仲間内のコミュニケーションツールとしての麻雀が盛んだったので、フリー雀荘よりセット雀荘が圧倒的に多く、卓は時間貸しでした。つまり仮にセットがスムーズだとしても、自動配牌でゲーム進行の速度を速めるメリットがお店側にあまりなかったので、メーカーもこのシステムの開発に前向きにならなかったのでしょうね」

編 「更に言えば、当時は麻雀に関して今よりも『流れ』や『ツキ』の要素が多く語られていたように思いますので、サイコロを振って配牌を取り出す場所を決める『儀式』を求める人も多かったのかもしれませんね」

K 「なるほど、それは面白い理論ですね。私も、自動配牌だと『割れ目ルール』に支障があるというご意見は聞いたことがありますし、現在販売されている全自動麻雀卓はすべて自動配牌を解除しても使えるシステムになっているはずです」

編 「半自動麻雀卓以降は、現在の全自動麻雀卓に近いものが市場に出てくる訳ですよね」

K 「ええ。1980年代以降、たくさんの全自動麻雀卓メーカーが新商品をどんどん開発し、発売していきます。関西方面ではOSプロジェクトが『雀王』を、マツオカメカトロニクスが『鳳凰』を発売し、関東方面ではMテックマツムラが『パイセッター』を発売しました。」

編 「だんだんと、記憶がある麻雀卓の名前が出てきました」

K 「昭和57年(1982年)、電元オートメーションより『雀夢A型』、アイラブユウより『雀夢B形』、ミユキ精機より『雀華』、マツオカメカトロニクスより『センチュリー』。そして昭和58年(1983年)にはMテックマツムラより『雀友』が開発され発売されます」

編 「あ、『雀友』のテレビコマーシャルは見たことありますね!」

K 「この頃はテレビ番組にも麻雀がコーナーの1つとして出来ていた位の麻雀ブームですし、全自動麻雀卓のコマーシャルも複数社が打っていましたね。徐々にブームが陰りを見せ、地上波でコマーシャルが流れていたのは2000年頃まででしょうか」

編 「なるほど…」

K 「昭和60年(1985年)には大洋化学より『アモスギャバン』が発売されています。徐々に麻雀ブームは陰りを見せてきた時代でもあるように思います。
 そして各メーカーが開発につとめ、この後点数表示機能がついた全自動麻雀卓が発売され、清算機能が付いた全自動麻雀卓が発売され、配牌機能が付いた麻雀卓が発売されましたが、徐々に麻雀卓メーカーが製造から撤退していきました。
 2010年にはえことテックマツムラが生産中止することで、日本全国の麻雀卓メーカーは3社となり、2012年にはマツオカメカトロニクスも製造権等を鳳凰にゆずり製造から撤退。2013年には電元オートメーションもディエィアィに製造権をゆずりました。おなじく大洋化学工業も大洋技研に製造・販売権をゆずり、時代を作ったメーカーはすべて消えてしまいました。
 2015年にはディエィアィが倒産することにより、『MJジャパン』が市場から消え、そして、今現在大洋技研と鳳凰の2社となりました。いつか日本の中には麻雀卓メーカーは無くなってしまうかもしれません。
 2016年現在は中国より安い麻雀卓が多く発売されるようになりました。メンテ部品も無く売り切り商品のようなものが多く、特許を無視して販売するような会社はほとんど通販会社なので、必要な時には会社がないということもよくあるようです。ただ麻雀卓に限らず中国の販売方法は故障したら、新しい商品を送り交換というのが主流なので、買い替えメインで修理対応はしていない場合がほとんどです。
 日本のメーカーは各販社と連携して、各メーカーの販売している部品は10年以上対応出来るようになっています。ただ今後このような状況が続くなら日本も中国の販売方法のようになるかもしれないですね」

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