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新式麻雀タクティクス 第4回
- 2017/3/6
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皆さん、こんにちは。最高位戦日本プロ麻雀協会の原周平です。
この間今年度のリーグ戦最終節があり、結果は残留となりました。しかし、年末から始まる特別昇級リーグに参加できるので、まだ昇級の可能性があります。もちろん面子も厳しいのですが、ベストを尽くしたいと思っています!
さて、先月はお休みでしたが、前回は「リーチ判断」について以前とは変わったと思われる考え方を、特に「リーチ有利な手牌」を例にご紹介しました。そこで今回は同じテーマですが、「聴牌即リーチしない方がいい手牌」について考えてみたいと思います。
◎真ん中待ち愚形5200以上はダマ
牌姿A
西家6巡目ドラ
牌姿Aは、を切れば子でタンヤオ三色ドラ1の聴牌。リーチをするかしないかという局面ですが、これは今も昔もダマがセオリーです。なんだ、当たり前じゃないかと思う方もいらっしゃるでしょう。しかし、その理由はどうでしょうか? そこがおそらく以前と変わったところだと思うのです。
現代麻雀では、「待ちが悪いからといってダマにすれば相手の和了率が上がる」ことがわかっています。
つまりリーチすれば自分の和了率は下がりますが、相手にチャンス手を蹴られる確率も下がるのでそこまで大きくは下がらず、一方自分の打点は明確に上がるため、愚形でもそれなりにリーチが推奨されます。高打点もそうで、満貫程度なら、まだ打点上昇が見込めるため、多くの場合中盤まではリーチする価値があります。
よってこの場合ダマなのは、単に愚形だから、満貫あるから、というだけではないのです。ポイントは、愚形の中でも「リーチすると特に出にくくなる両無筋待ちだから」です。両無筋というのは、もも通っていない危険牌五のような場合を指します。ダマにしたとき、このような五とたとえば三どちらが他家から切られる可能性が高いかといえば、そう大差はないでしょう。しかし、リーチした場合は、相手から見て明確に危険度が高いのは五の方で、後から筋引っ掛けやワンチャンスになる可能性も三に比べて低いため、和了率に差が出てきます。
このため、セオリーとして、両無筋待ち愚形に限って、5200以上はダマにした方が良いといわれています。逆に無筋待ちは、驚くべきことに愚形で満貫あっても中盤まではリーチがやや有利。跳満あってようやく良形でも「十分高いからダマ」となります。
愚形満貫をリーチなんて……と思うのが普通の感覚だと思いますが、リーチしてみると思ったよりアガれるし、ダマでも毎回アガれているわけではないのですね。だからリーチの選択肢は常にあるのですが、その中でも特定の場合だけダマに構えるのが現代の「ダマ判断」。同じダマでも、人の感覚ではなくデータの数字から論理的に導かれたダマになったのは、麻雀研究の成果といえそうです。
◎手変わり待ちは良形より打点で
牌姿B
西家6巡目ドラ
牌姿Bは、を切ればドラドラの聴牌。このままリーチでもカン二は愚形の中では悪くなく、打点も5200あります。リーチをしないなら一を切って良形を作りにいくのが手筋ですが、どうするかという局面です。
これも結論からいうと、今も昔も一切り聴牌トラズがセオリーです。特に以前は切りリーチなどしたら笑われるくらい悪手という認識があったのではないかと思います。裏目の二引きでも振聴三面張リーチで問題なしと考えれば、手変わりは8種。平均4巡で良形になる計算で、これを待たないなんて焦り過ぎと映るのも頷けます。
しかし、現代の感覚はもう少しシビアです。
というのも、なんとこれが手変わりを考えるギリギリのラインといわれているからです。同じ打点である場合、早い巡目の愚形リーチとそれより少し遅い巡目の良形リーチではほぼ変わらないことがわかっています。つまり、良形変化だけではなかなか手変わりを待てず、この手のように、「平和がつく良形変化が8種」あって初めて手変わり待ち有利といえます。
なぜこうなるのかというと、愚形が良形になったときの和了率というのは、実は約1.6倍にしかなりません。巡目が進むごとに相手に先制される確率は上がり自分の和了率が下がっていくことを考えると、巡目をかけて良形にするだけではそのデメリットを補うのでやっとなのです。一方、打点が2倍になったときの収支は、ほぼそのまま2倍になります。二翻なら手によっては4倍。これなら和了率が落ちても採算が取れるので、くっつけば三色になる牌や、浮き牌の赤、ドラなどの打点要素があれば、連続形以外でも、手変わりのチャンスは広がります。良形にすることよりも、打点が上がることの方が大きな要素なのですね。
「何でもリーチ」を基本とする現代麻雀ですが、弊害として見落としやすいのはこういった細かい部分。手変わりがないときは淡白でいいのですが、あるときは繊細に対応できることが、現代の強者の条件になっていくのだと思います。