〇〇と麻雀 第16回
今回のテーマは『節分と麻雀』。
季節感を愛でる余裕がどうにもなくなってきている現代日本。
季節の変わり目には麻雀を打つことを習慣にしてみては!
みなさまごきげんよう。
1月は行ってしまう、2月は逃げてしまうとはよく言ったもので、あっという間に月日は過ぎて行ってしまいますね。
新年に抱いた抱負はどこへやら、のらりくらりと生きております、ごっさんです。
2月というと、バレンタインデーなどという浮ついたイベントを想起される方もいらっしゃることでしょうが、私は断然、「節分」が楽しみな人間です。
身近な大人であることバレバレな鬼の仮面をかぶった人間に思いっきり豆をぶつけていいというのは、刺激的な非日常を感じさせてくれたため、大好きでした。
ちなみに大人になって分かったことは、いかにちびっこであろうとも思いっきり豆を投げられたら普通に痛いということです。鬼も大変です。
実は、本来の意味で言うところの節分は年に4回あるのです。節分とは、「季節を分ける」ということを意味しており、日本の四季を分け隔てる立春・立夏・立秋・立冬という4つの節目の前日を指していました。年に4回あった節分ですが、もっともおめでたいとされる立春の前日の節分――現在のいわゆる「節分」が残り、今に至るというわけです。
はてさて、節分といえば「鬼は外、福は内」という掛け声と共に豆を投げつけるのが恒例ですよね。
しかしなぜ豆を投げるのでしょうか。
これには諸説ありますが、魔を滅する「魔滅」と「まめ」をかけているという説が有力だそうです。
私は常々思っているのですが、社会人になった今だからこそ節分のような機会が必要だと思います。「渡る世間は鬼ばかり」という国民的ドラマもありましたし、どこの現場にもいるであろう「鬼上司」と呼ばれる人に鬼役をかってもらい、この日ばかりは無礼講で豆を投げつけることで無病息災を願うというのは、ストレス解消の面からいっても大いに効果があると思います。
そしてストレス解消といえば、もちろん麻雀ですよね。理由がなくとも卓を囲むことができる学生時代と違い、何かしらのきっかけがないと集まることができないのが社会人というものです。
私は、本来なら年に4回あったはずの節分の機会に「おめでたい」ということで麻雀を打つことを習慣にしたいと目論んでいます。そうすれば麻雀の普及はもちろん、家庭への普及も後押しできると考えています。
余談ではありますが、私は雀荘で働いていたころ、泥酔したお客様から麻雀牌を投げつけられたことがあります。もちろんそのお客様は、『鬼は外』でしたけれど……。
PROFILE:ピカピカの社会人1 年生。
マスコミ関係の仕事でバリバリ稼ぎます。
麻雀店スタッフ経験有り。