「あけましておめでとうございます」
「オヤ、八っつぁん、おめでとう」
「今年もよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
「いやー、去年の暮れは参りました」
「どうしたんだ?」
「アッシがよく行っている麻雀荘で『天使荘』というところがあるんです」
「『天使荘』だったらアタシも知ってる。何べんも訪れたことがある」
「あそこに気に入ったバイトの子がいたんです」
「へー、男の子かい?」
「そうです」
「いくつぐらいの子だい?」
「今29歳です」
「それじゃ《子》というよりは立派な大人じゃないか」
「そうなんですが、昔から知ってるんでついつい子って言っちゃいますね。その子が退店することになったんです」
「それは残念だな。彼は『天使荘』にいつごろ入ったんだ?」
「たしか5年くらい前です」
「それまでは学生さんだったのかな?」
「いえ、札幌で働いていたって言ってました」
「じゃ、北海道の出身?」
「そうではなくて、岩手の生まれだそうです」
「ほー、ではいろいろ苦労してそうだな」
「でしょうね。でもそんなことはみじんも見せず、とっても明るい良い人です」
「好青年?」
「好青年なんてもんじゃありません。年上のアッシからしても尊敬するところばかり目立ちます」
「たとえば?」
「みんなに好かれているから、少しは調子に乗りそうなもんですが、常に謙虚な姿勢を崩さず、周りへの気配りも怠らず、何よりも仕事への向き合い方が真摯です」
「へー、今時の若い人には珍しいな」
「隠居さん、そんなこと言っちゃいけません。それじゃただの昭和のオヤジです。今だって立派な若者はたくさんいます」
「それは失礼。こんなこと言ってると老害だと言われちまうな」
「いやいや、アッシも言い過ぎました」
「しかし、それだけ非の打ち所のない青年だと女の子がほっておかないだろ?」
「それはそうでしょうが、浮いた噂もありません」
「まさに聖人君子を地でいくような話で心が洗われるな」
「彼のことを嫌いな人は誰もいません」
「そうだろうな。しかしそんな人がいなくなるのはさみしいな」
「そうなんです。かなりなショックで」
「辞めて国へでも帰るのかい?」
「いえ、他のお店へ移るそうです」
「えっ、『天使荘』は引き留めなかったのか?」
「慰留はしたでしょうが、他へ行く決意が固かったみたいで」
「それは惜しいことをした」
「そうなんです」
「彼ぐらいの力があれば、ウチに来てくれという店は多いだろ?」
「そりゃそうですね。いわゆる引くてあまたという状態で」
「すごいな。で、移る可能性のあった店はどこだい?」
「『巨人荘』、『小熊荘』、『青島荘』、それに『かわし荘』です」
「その中で、最終的に彼を射止めたのはどこだったんだ?」
「『かわし荘』です」
「へー、何が決め手になったのかな?」
「それは本人しかわかりませんが、アッシら常連の間では場所的に近かったのがポイント高かったんじゃないかと言われてます」
「ところで時給はいくらぐらいなんだろう?」
「1015円」
「それは勤めだしたらすぐにもらえるのかい?」
「いいえ、後払いです」