「隠居さん、遅いですね」
「おや、八っつぁんかい。もう来てるのか」
「当たり前ですよ。5分前には着きました」
「これは驚いた。いつもの4人でこのお店で麻雀をやる時には決まって八っつぁんは最後の4人目に来る」
「そうでしたっけ」
「約束の時間に間に合わなくて、汗をかきかき言い訳をしながら入ってくるなんてこともしょっちゅうだ」
「遅刻は1回ぐらいじゃなかったですか」
「冗談じゃない。5回に1回は遅刻だ」
「それは失礼しました」
「それにくらべてアタシはいつだって一番乗りだから、今日はお店に入ったとたんに八っつぁんの顔が見えてびっくりした」
「最初に来るのはいいもんですね」
「しかし断っておくけど、まだ後の2人は来てないし、まだ15分前だ。遅いなんて言われる筋合いはない」
「アッシはいつもみんなみんなから遅いと言われてたんで、一度『遅い!』って言ってみたかったんです」
「おやおや困ったもんだ。ところでこんな早く来るなんてどういう風の吹き回しだ?」
「実は7月に道路交通法の改正がありまして」
「意味がわからないな」
「一言で言うと、電動キックボードに乗る条件が緩和されたんです」
「ほー、電動キックボードというものがあるのかい。ちっとも知らなかった」
「そこで、早速電動キックボードを買って、それに乗ってきたからいつもより早く着いたってわけです」
「なるほど。で、どういうふうに法律が変わったんだ?」
「大事な点が2点あります」
「1点目は?」
「免許がいらなくなったんです」
「今までは運転免許がないとダメだった?」
「そうです」
「2点目は?」
「これも大きく違ったところなんですが、今まで走れるのが車道のみだったんですが、今回からは歩道(条件付き)もOKになりました」
「ずいぶん変わったな?」
「早く言えば、今までは原付みたいな扱いでしたが、それが自転車並みになったということです」
「なるほど」
「だから、乗るためのハードルが下がったんでアッシも思わず買ってしまいました」
「どうしてそういう法改正をしたんだ?」
「詳しいことはわかりませんが、要は普及させたいんじゃないですかね」
「そういうことか」
「でも、モノは変わらないのに法律だけを変えたんだな」
「そうですね」
「で、今日実際走ってみてどうだった?」
「快適です。歩行者を脇見に歩道をスイスイで、優越感もあります」
「しかし事故も起こるかもしれないので、特に歩道を走行する時には十分気をつけなさいよ」
「大丈夫です。運動神経には自信があります」
「その過信が危ない」
「ほんとに問題ありません。絶対事故は起こしません」
「油断しちゃダメだ。いいかい八っつぁん、よく考えなさい。世の中に絶対はない。リーチを掛けてる相手に4萬が通っても、1萬は当たるということもある」
「変な喩えをしないでください。前回スジで当たったのを思い出しちゃいました」
「ともかく慎重に慎重を重ねなさい」
「実は以前普通のキックボードに乗ったことはあるんですが《電動》は初めて。どうです、すごいでしょ」
「電動で自慢なんてするもんじゃない」
「だって電動を持っているのはこの辺ではアッシぐらいのもんですよ」
「何言ってんだ、このお店の卓はかなり前から電動だ」