井出洋介プロ、麻雀の社会学 ついに完結!

奇跡の復刻! 連載最終回!

 なんと若き日の井出洋介が社会学的見地から当時の麻雀観を著した
 東京大学の卒業論文が昭和55年(1980年)の『麻雀新聞』に掲載されていた。

 今回、麻雀新聞が通巻500号を突破したことを記念し、
 特別企画としてこの卒論「麻雀の社会学」を復刻し、シリーズで連載する。

 なお、本文は学術論文であり、
 当時の時代背景や作品が取り扱っている内容などを考慮して、
 井出洋介プロ本人の了解を得て、原文のまま掲載する。

第五章:麻雀の今後

    
 私が麻雀をテーマとして、とりあげたそもそもの問題意識は、
 現在の社会の中で、これだけ人気のある麻雀に対する評価が、
 本当に低いのではないかと思ったからである。

 囲碁や将棋はもちろんのこと、競馬も市民権を得ているなかで、
 なぜ麻雀だけが違うのだろうか。ここで大衆娯楽の中から、いくつかの例をあげて、
 麻雀と比較してみよう。

 一般紙に掲載されないという点で、麻雀と同じ立場にあるものにプロレスがある。
 これは、他の真剣勝負のスポーツと違って、「ショー」であるということで、
 一般紙に報道されていなくても、テレビによって、長い間大衆からの指示を受けている。
 また、大衆が「やる」娯楽ではなく「見る」だけの娯楽で、それ以上には、なり得ないのだから、
 現在の状態でも充分だと思われる。

 野球の場合は、「見る」だけでなく「やる」のも楽しいスポーツであるが、
 「見る」のが発達したのは何といっても、プロ野球の力であろう。
 プロ野球が人気を得た理由も、いろいろあげられるがここで特に強調したいのは、
 アマチュアとは、かけ離れた技術を持っていることと、万人が知っているようなスターを、生み出したことである。
 前者は、囲碁や将棋も同様であるが、アマチュアが、プロを見たときに、自分の技術上達の参考になることと、
 そればかりでなく、アマチュアには、全く考えられない(実行不可能性を含む)すばらしいプレーを見て、
 「これぞプロだ!」と思わせることによって、ファンにさせるのである。
 後者は、見せる大衆娯楽にとっては、欠かせない要素で、前述のプロレス、映画、テレビの歌番組など、すべて共通のものである。

 野球の場合、(他のスポーツも同様だが)、選手の活躍があるのはもちろんだが、
 それを宣伝するマスコミの影響力も、きわめて大きい。

 ともかく、スターの存在があれば、その娯楽はすたれない。

 プロ野球では、「見る健全娯楽」としての、確固たる社会的地位を確立しているので、
 スターも、代わるがわる登場し、あるいは、作られたスターが、周囲の期待に答えて、
 本物のスターになっていくので、(※1)人気が保たれている。
 ゴルフ界も、プロ野球とほぼ同じで現在は順調である。

 しかし、ボウリングや数年前のボクシング界(※2)のように、
 スター不在は、確実にその娯楽の衰退を招くのである。

 囲碁や将棋の場合は、プロ野球やその他のスポーツに比べたら、
 スターの華やかさは、ないかも知れない。

 しかし、これらには、名誉の力がある。名人とか、本因坊といった称号に、
 国民から最大級の敬意が払われるのである。
 囲碁も将棋も、かつては麻雀と同じような時期があったのだが、
 棋士たち及び関係者たちの努力によって新聞社のバックアップも得て、
 現在の社会的地位を勝ち取ったのである。

 競馬はどうだろう。前にもふれたように、競馬は、中央にしろ公営にしろ、
 財政的に、国家または地方自治体とつながっているので宣伝に関しては、有利だっただろう(※3)。

 しかし、完全に市民権を得たと言えるのは、ここ十年くらいの事である。
 マスコミが馬をスターとしてとりあげ(※4)競馬のドラマチックな面を強調して報道することによって、
 子供から老人までの幅広いファン、それも馬券ファンだけでなく「見る」ファンを獲得したのである。
 それでは、パチンコはどのような状態であろうか。いうまでもなく、パチンコも広いファン層を持ち、
 戦後から現在に至るまで多少の波はあるものの、大衆娯楽として人々に親しまれている。
 しかし、

 「愚かな遊び、損をすることしかない遊びであるが、生きることに夢中になっている人々の神経を鎮める遊びである。
 ……遊ぶ人は、おそらく勝つ意志を機械に伝えるためであろう、両手でしっかりと機械につかまっている。
 短気な人は、小球がそのコースをたどり終えるのを待たずに、次の小球を打ち出す。
 これは心の痛む風景である。(※5)」

 あるいは

 「パチンコがすたれていないのは、経済成長にもかかわらず、
 大衆の生活がなお安定していないことを象徴している。
 パチンコ台で時間をつぶし、その小さい球を目で追って、
 一時的に現実から逃避し、ささやかな投機心を満たす。(※6)」

 などと言われているように、健全娯楽とはみられていない。
 麻雀も、ちょうどこのパチンコの評価に近い。
 つまり大衆娯楽としては、人口を見てもわかるように、
 今や代表的なものの一つなのだが、いまだに健全性の評価を獲得できていない。
 しかし、麻雀のゲームとしての優秀性は、囲碁や将棋に勝るとも劣らず、
 賭けとしてよりも競技として発達する可能性を充分持っている。
 事実、ここ十年ほどの間に、競技麻雀の基礎は、できあがってきたと言えるだろう。
 今後、麻雀が健全娯楽として市民権を得るためには、競技麻雀を発達させ、
 現在の囲碁、将棋の地位につかなければなるまい。

 今まで賭け麻雀をやっていた人にとっては、賭けなくなった当初は、
 刺激がなくなり、つまらなく感じることが多いようだが、
 麻雀のおもしろさ、深さは、競技麻雀での方がより多く見つけられるのである。

 実際に、前述の近代麻雀クラブでは、それまで賭け麻雀をやっていた人が参加して、
 競技麻雀のきびしさ、楽しさを知り、夢中になってゆくということが起こっているのである。
 ゲームの進行の際、必要とされる決断力、これらは、競技麻雀をやってゆくうちに身についてゆくもので、(※7)
 そのうえスピーディーな進行という点でも、これからの時代の娯楽として、ふさわしいのではないか。

 ただ、現在行われている競技麻雀活動は、
 近代麻雀クラブをはじめとする「近代麻雀」系の大会「プロ麻雀」系の大会、および諸団体の大会だけである。
 今のままでは、専門誌の読者層以上の人はなかなかつかみにくい。
 そこで、先程あげた他の健全娯楽の発達の要因を見ると、現在の麻雀界は二つの点が行き届いていない。

 まず「プロ」のあいまいさである。現在の麻雀プロ(※8)ではなく、
 もっとはっきりとした形の「プロ雀士」という職種ができなければいけない。
 しかも、それは実力的にも「見せる」という点でも、アマチュアとは一味違うものでなければならない。
 そして、スターが出現しなければならない。阿佐田哲也、小島武夫らは、実際に、麻雀界の初代スターと言えるだろう。
 しかし、それに続くスターは麻雀界の中だけのスターでは物足りない。
 もっと広いところでも、スターでなければならないのである。
 そのためには、現在の麻雀界の若手と言われている人々の努力はもちろん、
 それと同時に、麻雀関係者の努力が不可欠である。

 具体的には、まずルールを統一することであろう。
 現在は、諸団体ごとにルールが異なるし、各タイトル戦でも同じことが言える。(※9)
 近代麻雀及びプロ麻雀では、ルールの統一に関して、それぞれに考えているようだが、
 この両誌が協力して、中心になってやっていかなければならない問題なのである。

 他のマスコミ機関に対するアプローチも、やはり麻雀関係者がしなければならない。(※10)
 とりわけ、一般紙に掲載されることを第一目標とすべきであろうか。
 麻雀がテレビに登場した時の反響(※11)から考えても、
 三大紙が麻雀を本格的に掲載することになれば、麻雀も健全娯楽としての市民権を得たと言えるだろう。

 上にあげたような見通しについて、楽観的な見方をする人は少ない。
 諸団体の上に立つ人でさえ、麻雀は頭打ちであると考えている人もいる。
 しかし、そんな中で、中学校や女子高校に麻雀クラブができ(※12)、女性麻雀教室もふえているのである。
 ゲームとしての麻雀が受けいれられつつあるのだから、
 それを極めた競技麻雀が認められる要素は、充分あるのである。
 最近では、競技麻雀を真剣に考え、それに人生を賭けようとする若者もいる(※13)。

 彼らにとっては、もう麻雀は、ただの娯楽ではない。
 ちょうどプロ野球選手にとっての野球と同じように。
 しかし、そのような「プロ」が存在する競技こそ、健全娯楽となりうるのである。

 ☆おわりに☆
 ふり返ってみると、現状説明と麻雀礼賛ばかりで、
 社会学的考察が、まるでなされていないものになってしまった。
 これも、私個人が麻雀、とくに競技麻雀に接近しているためであろうか。
 論文を書き始めるにあたっては、Participantobservation(記事下部に編集者注)気どりでいたのだが、
 実際には、Participantobservation のむずかしさがわかるだけ、という結果になってしまったようだ。
 もっと麻雀をする「人間」についての考察もしなければいけないだろうし、
 遊び一般、あるいは娯楽に関する意見もとり入れるべきだったか、とも思っている。

 しかし、それらは私個人の今後の研究課題として残しておこう。
 今回は、机上の理論構築よりも、自分の生活に密着することについて、
 その現状、社会的立場を明らかにし、それが今後、どのようになるべきかを問いたかったのである。
 これも一つの社会学と考えるのは都合がよすぎるかも知れない。
 だが、とりあげた題材は、社会学になりうることは確信している。

 文学部社会学専修課程
 41002 
 井出 洋介

【脚注】
※1 期待が大きすぎて、それが重荷となって消えてゆく(つぶされてゆく)選手も多い
※2 世界チャンピオンが1人もいなくなった頃は、ずいぶんファンが減った。
※3 競馬振興の宣伝がなされるし「競馬はよくない」とは言われない。
※4 シンザン、アローエクスプレスとタニノムーティエ、スピードシンポリとアカネテンリュウなどもそうだが、何といってもハイセイコー(昭和48年)あたりから、その傾向が強くなり、トウジョウボーイ、テンポイントと続いてきた。
※5 ロジェ・カイヨワ「遊びと人間」資料《ゲームマシンの流行、それに対する熱狂》1958年・岩波書店
※6 福武直「現代日本社会論」1972年・東大出版会
※7 おそらく将棋や囲碁でも同様の能力が要求されるだろう。賭け麻雀でもそうだが、よりきびしいため、賭け麻雀以上に要求されると考えてよいだろう。
※8 第3章の《麻雀プロ》を参照。
※9 近代麻雀のタイトル戦はすべて日本公式戦ルール(近代麻雀作成)に統一されているがプロ麻雀タイトル戦はプロ麻雀ルール、同様に名人戦、王座戦などもそれぞれのルール。
※10 最近の阿佐田哲也が執筆している記事には、そうした努力がみられる。同様に「近代麻雀」の大橋巨泉への接近なども評価できるだろう。
※11 麻雀放映(11PM)に賛成が圧倒的に多かった。

【編集者注】『参与観察』…人類学者や社会学者などが、研究対象に対してフィールドワークを行う際に、調査地での生活や活動に加わることで、その社会の文化の有り様を直接に体験しながら情報を得て、共有されている意味の構造を明らかにしようとする調査方法

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