「隠居さん、この間直木賞の発表がありましたね」
「こりゃ驚いた。八っつぁんから文学賞の話題が出るとは」
「見くびらないでください。アッシもそのぐらいはわかります」
「ほー、じゃ結構本は読むのかい?」
「少しは」
「直木賞の話をするようじゃ小説かい?」
「何言ってんですか。麻雀の本です」
「こりゃ失礼。それは大事だ」
「隠居さんは本を読みますか?」
「もちろん。生き甲斐と言ってもいいくらいだ」
「じゃあ、今度の直木賞の受賞作は読みました?」
「アタシは20歳過ぎからは、芥川賞、直木賞の作品は欠かさず読んでいる」
「それはすごいですね」
「小説だけじゃない。歴史もの、化学もの、なんでも読む」
「へー、本の虫ですね。では本代もバカにならないんじゃないですか?」
「そうさなー、今まで使った書籍代はざっと見積もって三千五百万円」
「本に使い過ぎじゃないですか。巨額すぎる」
「まあいいじゃないか」
「最初に買った本は何ですか?」
「記憶にない」
「子供の頃だから絵本じゃないですか?」
「そうだったかなぁ」
「だって以前にご両親にはさまれて絵本を持っている隠居さんの写真を見せてもらったことがありますよ」
「写真があるってことはそうなんだろうな。あっ、うすうす思い出した」
「それはよかった。ところで話は戻りますが直木賞って面白い名前ですね」
「これは有名な作家の名前からとったもので、本当は直木三十五賞、芥川賞は芥川龍之介賞と言うんだ」
「つまり長いから詰めて読んでるんですね」
「まあ、そういうことだ」
「一気通貫を一通というようなもんですね」
「文学と麻雀は別のものだ。一緒にするな」
「で、この賞は誰が作ったんですか?」
「菊池寛という大作家が約90年ぐらい前に創設した。そして友達だった直木と芥川の名を冠したんだ」
「いやー、菊池さんはえらい!」
「どうして?」
「普通だったら自分の名前を付けたいのに、友達の名にするなんて奥ゆかしい」
「そう言われてみればそうだ。八っつぁんもいいこと言うな」
「ありがとうございます。ところで直木賞と芥川賞はどう違うんですか?」
「一般的に直木賞は大衆文学、芥川賞は純文学と言われている」
「純文学なんて聞いたことないですね。純チャンみたいなもんですか?」
「だから文学と麻雀は別ものだと言ってるだろ」
「それはともかく今回はどうでした?」
「直木賞は川﨑秋子さんと万城目学さんが受賞した」
「へー」
「作品は素晴らしいが、それ以上に万城目さんの経歴に涙した」
「何があったんですか?」
「彼はこの17年間で10の文学賞にすべて落選して今回は11度目の正直だったんだ」
「苦労人ですね」
「だから文学賞に対して恨みを抱いたらしい」
「そりゃそうなりますね」
「でも今回の受賞でわだかまりがなくなりすべてを許す心境になったようだ」
「仏のような方ですね。人格者だ。アッシもそうなりたい」
「そうか。では、お前さんはアタシにこの間から麻雀で10連敗してたけど、さっき1勝したからすべてを水に流しなさい」
「それとこれとは話が別です」