新宿歌舞伎町と言えば良くも悪くも何かと話題を提供し続けている日本最大の繁華街ですが、その地域は東側の区役所通り周辺からJR山手線と西武新宿線の通る西側迄と、北は職安通りから南は新宿駅東口の北を通る靖国通り迄のわずか600m四方の地域です。
住居表示が変わる前までは現在の一丁目のみが歌舞伎町で、現在の二丁目は西大久保という住居表示でした。私達のような古い人間には今の半分のエリア、一丁目を歌舞伎町と思っています。
新宿区役所の正面を南から北へ走る通りが「区役所通り」。区役所の西側には黒人の客引きの多い「東通り」。ロボットレストラン、ギラギラガールのけばけばしい看板の目立つ「さくら通り」。次にゴジラの頭が見える東宝歌舞伎町ビルへと続くメインストリートが通称「ゴジラロード」の中央通り。次に歌舞伎町に関するニュースでは必ず映し出されるアーチの「歌舞伎町一番街」。そして「西武新宿駅前通り」。この南から北へ延びる6本の道に多くの店舗がひしめいています。
つい先日には歌舞伎町一番街にあるマージャン店が賭博容疑で逮捕されたというニュースが流れました。何故か一番街はマージャン店の摘発の多い通りです。ゴジラロードの3分の1程度の道幅ですが、かえってその位の道幅の方が飲食店等は入りやすく繁盛しているお店が多いようです。
やはり繁盛しているお店が多かったさくら通りは、40年くらい前はピンクサロンのメッカでした。
店の前を私服警官が通ると、いち早く察知した呼び込みが大きな声で「ご苦労様です!」と身体をくの字に曲げてする挨拶に、通り中の呼び込みの声が「ご苦労様です!」のウエーブとなって続いたものです。
50年くらい前に遡ると、さくら通りには、酒店、古本店、化粧品と時計店、薬局、スポーツ用具店、電気店、宇治茶専門店、文具店、豆腐店が残っていて、セット麻雀の『蘭』には若かりし日の柴田恭兵が所属していた東京キッドブラザースの面々と、そして斜め前の『峰』には区役所職員に交じって唐十郎率いる紅テントの状況劇場のメンバーや浅川マキ等が卓を囲んでいました。
現在のさくら通りには電気店とお茶屋さんくらいしか残っていません。
そんな歌舞伎町一丁目に、2月から『やたべ行政書士事務所』は事務所を移転いたしました。しばらくの間歌舞伎町に係わっていこうと思っております。