麻雀の社会学-6 井出洋介

第四章 麻雀とマスコミ

1、麻雀ジャーナリズム

麻雀が活字として登場し始めたのは、いつ頃だっただろうか。正確にはわからないのだが、おもしろいことに、明治四十三年、夏目激石が、紀行文「濁・漢ところどころ」の中で、麻雀にふれている ところがある。「道具は頓る雑なものであった。厚みも大きさも、将棋の飛車角位に当る札を五、六十枚ほど、四人で分けて、それを色々に並べかえて、勝負を決していた。その札は、磨いた竹と薄い象牙とを背中合せに接いたものであった。その象牙の方に色々な模様が彫刻してあった。この模様の揃った牌を並べて出すと、勝になるように思われたが、要するに竹と象牙とが、ぱちぱち触れて鳴るばかりで何が何んだか実に一向に分らなかった」とあるが、恐らくこれが最も古い記録ではないか。

麻雀が日本でも流行し始めたのは、大正末期だが、その時、大きな力となったのが文壇人だったことは、戦前の麻雀ジャーナリズムを語るうえでは、欠かすことができない。大正十五年に久米正雄が文芸春秋誌上に「鎌倉ルール」を載せたのをはじめ、空閑縁が「麻雀春秋」という月報を創刊したり、各種の入門書が出版され始めた。しかし、軍国体勢および戦争によって麻雀ジャーナリズムは、完全に途絶えてしまうことになる。

戦後、麻雀が復興したのち、昭和二十七年行なわれた「報知杯・争奪トーナメント」の戦績が、予選から決勝まで、半分以上にわたって、報知新聞に掲載されたことは、画期的だった。

というのも、一般麻雀愛好家にとって、牌譜を見る初めての機会だったからである。将棋の棋譜に相当する牌譜は昭和初期に、日本麻雀連盟の榛原繁樹が速記法を創案して以来、記録として残せるようになったのであるが、牌譜によって、打ち手の手筋や牌の流れなどが読者にわかる(慣れるまでは見づらい点もあるが)ので、新聞にしろ、雑誌にしろ、掲載する側としては、最も商品価値のあるものといってよいだろう。

昭和三十年代の麻雀プームには入門書もかなりの数出まわって来た。しかし、麻雀ジャーナリズムが本格的に開花したのは、昭和四十年代である。「五味マージャン教室」(光文社・昭和41年)は、作家五味康祐が書いた麻雀戦術書だが、それまでの入門書などとは全く異なった、読み切として読者をひきこんでゆく迫力があった。それには「麻雀は結局、運3、技7のゲームである」と言い切るだけの確かな理論的考察をしているからである。彼はさらに、五味一刀斉を主人公とする麻雀小説を、次々と発表した。麻雀小説は、それまでにも全くなかったわけではない。戦前から、麻雀が舞台装置になったり、題名に出てきたりはしていた。(注※1)しかし、麻雀が完全に中心になっている作品は、これ以降である。さらに五味康祐の功績として、それまで牌を「一万」あるいは「サンソ」と文字で書いていたのを、という牌活字にあらためて、ゲームの臨場感を文章の中に持ちこんだこともあげられよう。

その後、さらに多くのファンをつかむ麻雀小説が誕生した。

阿佐田哲也の「麻雀放浪記」(※2)である。阿佐田哲也は、色川武大(作家·昭和五十三年度直木賞)の別名だが、「朝だ・徹夜」をもじった名前で、「週間大衆」に麻雀の戦術記事や麻雀小説を、昭和四十一年以降書き始めていた。そして「麻雀敷浪記」は、彼の二十代の体験をもとにして、世間の人の知らない裏街道、いわゆる雀ゴロの世界を描いたものであるが、これを熱狂的に受け入れたのは、当時、紛争の中で激しく揺れ動いた大学生を中心とする若者たちであった。「勝つことにすべてを賭け獣のように麻雀を打ちまくる主人公「坊や哲」の生き方は、ちょうど十年前の若者の気持ちを代弁していたのだろうか。」

「麻雀旅浪記」の成功により、麻雀小説という、一つのジャンルが完成されたということは、麻雀がそれだけ一般の人の興味をひくポピュラーなものになったことを示すものであった。だから打ち手としての阿佐田哲也の誌上デビュー作である「名人戦」の企画も成功し、週刊誌などの雑誌にとって、麻雀の記事は、欠かせざるものになってゆくのである。

そして、昭和四十七年に専門月刊誌「近代麻雀」(竹書房)が創刊された。

近代麻雀は、競技麻雀の普及・発展を目指す姿勢の本づくりで、タイトル戦を設け、プロを設定し、スターを作り出していった。古川凱章は、それ以前からすでに名人位をとり、打ち手として名をなしていたが、この雑誌に掲載した戦術や理論が読者の大きな支持を集め「麻雀の理論化」を試みる書き手としても高い評価を得ている。田村光昭は、近代麻雀創刊の時からの認定プロの一人で、「麻雀ブルース」をはじめとする小説を書いたり、劇画の原作を手がけているが、最近の打ち手としての活躍ぶりは目ざましく(※3)完全に麻雀界のスターにのしあがってきた。ムツゴロウ先生として、よく知られる作家、畑正憲は、文壇の雀豪で、近代麻雀の愛読者だったのだが、最近レギュラーの執筆者として登場し、打ち手としての鋭い洞察力とともにその歯に衣を着せぬ語り口で、現在の麻雀界の問題点を鋭く指摘するところが魅力となり、麻雀界においてもスターの一人となっている。そのほか、タイトル戦で活躍した人は皆、何らかの形で記事を書いたり、記事になったりで、一般に名を知られ始めている。

麻雀専門誌としては、昭和五十年に竹書房から近代麻雀の姉妹誌として月刊誌「ジャンケン・麻雀研究」および新評社から「プロ麻雀」が発刊となった。

さらに五十二年には、司書房から月刊誌「ビッグ麻雀」が創刊となった。「ジャンケン」と「ビッグ麻雀」は、どちらも一年前後で廃刊となってしまったが「近代麻雀」と「プロ麻雀」両月刊誌は現在も続いている。今後の麻雀界発展のために、どちらもより一層の努力が望ましいところである。

最近人気があるのが、大人向け慢画誌に載っている麻雀劇画である。劇画雑誌には、毎号ほとんど載っているだけでなく、麻雀ものばかり集めた増刊号や特集号さえ出ているほどである。牌の視覚的なところが、小説以上に劇画に合っているためだろうか、最近は麻雀小説よりも劇画の方が、ずっと目立つ。ただ気になるのは、殆んどの劇画が麻雀のイカサマ及び悪の世界を扱っていることである。たしかに、題材としては、取りあげ易いのだろうが、やはり良いイメージではない。麻雀が今後、健全娯楽として囲碁や将棋に並ぶ地位を得た後ならば、単なる架空の話(フィクション)として済ませられようが、今のところ、劇画の世界が不安材料になってしまうのが、麻雀界の現状であろう。

スポーツ新聞には、ほとんど麻雀のコーナーが設けられている。

新聞社が後援の麻雀大会(※4)やタイトル戦を主催し掲載しているものもある。それにもかかわらず、普通の新聞となると扱いが全く違う。今までエッセイやミニコラムで、麻雀を話題にしたものがわずかに載ったくらいで、タイトル戦など皆無である。囲碁も将棋も、現在の地位にあるのは新聞、とりわけ朝日・読売・毎日の三大紙の力が大きい。それだけに、麻雀関係者は、三大新聞の紙面に、麻雀欄(タイトル戦あるいは戦術論)ができた時こそ、麻雀が市民権を得た時であるという考えを、持っている人が多い。しかし、現実には全く無視されているといってよい。ギャンブルだから載せないというのだったら、中央競馬の予想の掲載を、なんと説明できよう。

ただ競馬に関しては、こういう話もある。中央競馬会の売り上げの一部は国に入り、その額が国鉄の赤字を埋め合わせるのだというのである。そうであれば、たしかに国としても、中央競馬が盛んになるのは、大いに結構だし、「競馬はギャンブルではなく、ロマンでありスポーツである」といったマスコミの宣伝文句もうなづけよう。しかし、麻雀の場合、そういった社会的寄与が、今のところない。「団体なり協会なりが法人となって寄付でもするようになると麻雀に対する風当りも変わってくるかもしれない」という意見もこの辺の事情から出てくるのだろう。

毎日新聞のレジャー担当者が、麻雀記事が採り上げられない理由として、次のように言っている。

「麻雀は、やって楽しいものだから、人の打つのを見て楽しいかという疑問。それにタイトル戦は、権威があるものでなければ、やる価値はない。ツイている者が勝つという麻雀では、権威のつけようがない。麻雀欄については、可能性はある。ただ、麻雀という素材を新聞向きに料理できる記事の提供者がいるかどうか」。

この発言は、明らかに認識不足であると思う。麻雀誌や雑誌、スポーツ紙での人気を考えれば、そして、タイトル戦で活躍している人たちを見れば、上にあげた疑問はなくなるはずである。しかし、もっと意外なのは、麻雀関係者からの三大紙に対する働きかけが、ほとんどなかったことである。「三大新聞に麻雀が載るには、三大新聞側の歩みよりを待つという姿勢では、一年かかるところが十年かかる。まず麻雀関係者が競って襟を正し、三大新聞が認めざるを得ない体勢を作りあげること。この努力なくしては、永久にその日は到来しないといっても過言ではない」。

※1 海野十三「麻雀殺人事件」 渡辺温「象牙の牌」など、海外でもアガサクリスティの「アクロイド殺し」の中に麻雀が出てくる

※2 青春篇、風雲篇、激闘篇 番外篇の四部作=1969〜双葉社。

※3 第2期麻雀最高位、第1期王座杯獲得など。

※4 報知新聞社後援「全日本麻雀選手権大会」やスポーツニッポン後援「全日本麻雀選手権」など。

2、テレビにおける麻雀

麻雀がテレビに登場したのは、昭和四十年日本テレビ「11PM」の中の麻雀コーナーが、最初である。大橋巨泉の「麻雀実戦教室」と言えば、麻雀を知る人ならば見たことのない人はいないと思われる程の人気番組で、現在も続けられている。そのほかの局でも、ワイドショー番組の一コーナーとして、麻雀をとりあげたことがあるが長続きせず、単独番組になったものはまだない。そしてNHKでは全く放映したことがない。

囲碁や将棋は講座番組のようにしているNHK(教育テレビ)であるが、NHKには国内番組基準というのがあって、その一項目に“賭博それに類似の行為を是認したり、魅力ある行為として描写してはならない”というのがあり、これに低触する恐れもあり、ともかく麻雀を放映する話は一切ない」のだそうである。

まず第一に、麻雀を競技として見てはいないのが現状のようである。“賭博それに類似の行為”に競馬は触れずに、麻雀は触れるというのも納得しにくいことであるが、それ以上に、現在の麻雀に対するイメージの暗さを感じてしまう。

民放では、問題になるのはスポンサーがつくかどうかである。

麻雀番組にはスポンサーがつきにくい。これも、賭け麻雀が持つ暗いイメージからきているのである。企業イメージを大事にするとどうしても麻雀の「反社会性」のイメージを恐れるのである。

もう一つの問題は、放映の方法で、現在の「11PM」方式(一人々々の模打(※1)を追う)しかないのか、また、放映する場合、どのように解説を入れるか、さらに一日に何局ずつやるかなど、細かに言えば、いろいろ出てくる。しかし、それは二の次であろう。「11PM」のチーフディレクターが「麻雀界にも小島武夫(※2)に次ぐタレントが出て欲しい」と言っているが、要は視聴者が喜ぶか、納得するような画面をつくれる打ち手がいなければいけないということである。この方面でも、麻雀界は遅れていると言えよう。

マスコミ全盛の現代に、派手な麻雀タレントが現われて、人気をとることも、麻雀のイメージアップにつながると思うのだが。

※1 牌をツモって、捨てること。

※2 小島武夫は、11PMに出演して有名になったと言える。大橋巨泉いわく「日本で最初に絵になるタレント」。

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