■最近の調査増加傾向
前回は、社会保険料の調査に関してお話ししました。今回は、労働保険料の調査に関して解説していきたいと思います。
社会保険料の調査と比べると労働保険料の調査件数は少ないです。ただ、国の財政が逼迫している中で今後は労働保険料調査件数も増えてくるのではないかと言われています。現に、調査が来たというブログや記事を目にする機会が増えてきました。
今までは労働保険料調査は行われることは少なかったですが、コロナの際の雇用調整助成金の大幅緩和により支給件数の増大で、厚生労働省が助成金を前例がない程支給したので、国の財源が枯渇したことが主な原因といえます。
■雇用調整助成金
一言で説明すると、社員を解雇せずに休業補償金を支給した事業者に支給された助成金です。これを受けた事業所も多いと思います。当初は、雇用保険に加入していなければ支給対象にならなかったですが、支給要件の緩和で労災のみに加入していても支給対象になりました。
この助成金を受けた事業所が大量発生したため、今年度から保険料率も大分上がりました。元々の財源が保険料だったためです。
また、助成金を貰った後に労働保険から抜ける事業主もおり、国も貰い得をさせないためにも、労働保険料調査に乗り出しました。意外かもしれませんが、貰う時だけ保険料を払い、後は知らん顔という事業所もあります。
■労働保険とは
従業員が1名以上就労している事業所は、労働保険に加入しなければなりません。労働保険は、労災と雇用保険に分かれます。
労災は、正社員・アルバイト関係なく加入しなければなりません。これに対し、雇用保険は週20時間以上働くのであれば加入しなければなりません。これら2つの保険を合わせて労働保険と呼んでいます。
◎保険料
労災は全額事業主負担で、雇用保険は保険料率に応じて事業主と労働者がそれぞれ負担します。保険料率は、事業の種類により異なります。今年度からは、雇用調整助成金で枯渇した財政を潤すために保険料が上がりました。保険料を見て驚いた方も多いと思います。
保険料は、前もって概算で支払い、1年分を確定して清算をして再び概算保険料を納めるサイクルの繰り返しです。
◎労災
保険料率は、サービス業の場合1000分の3です。1000円に付き3円の計算です。全額事業主の負担です。
◎雇用保険
雇用保険は、サービス業で労働者負担が1000分の6、事業主が1000分の9・5です。合わせて1000分の15・5です。1000円に付き15・5円です。
◎計算方法
従業員全員の給与の全額に、労災と雇用保険の保険料率を掛けて保険料を出します。
仮に従業員の給与総額が1000万円だと、労災は3万円、雇用保険は15・5万円で合計18・5万円です。雇用保険の労働者負担分は本人から徴収可能です。
◎納付
納付方法は、毎年4月ごろに申請書類一式が労働局から送られてくるので、それに記入して納付書で納めます。
ちなみに、税金はすぐに遅延利息が付きますが、労働保険は遅延しても直ぐには遅延利息が付きません。なので、期限を過ぎてもあまり焦る必要はありません。
◎その他
無申告でいた場合、申告催促の通知は何回か来ます。仮にこれを無視していると、前年度を参考にして労働局側で計算した保険料で納付書が送られてきます。
■労働保険料の調査
労働保険料の調査は、今まであまり行われてきませんでした。それは、事業所数が圧倒的に多いからです。事業所数が多すぎて手が回らないのが理由だったと思います。しかしながら、前述のとおり、雇用調整助成金の影響で調査は増えています。
前述のとおり、保険料の計算は賃金台帳さえあれば可能です。言い換えれば、自己申告に近いのでいくらでも保険料の改ざんは可能です。仮に、保険料を間違えていたとしても、労災や雇用保険が使えなくなることはありません。
なので、保険料を誤魔化しても大きな弊害はありませんでした。調査もほとんどありませんでした。しかしながら、最近では調査が増えてきているので、注意が必要です。調査の流れは以下のとおりです。
《労働局からの連絡》
基本的には、いきなりの抜き打ちはありません。事前連絡が来ます。時間的猶予があります。どの調査でも共通しているのが、以下の書類です。
○従業員の賃金台帳
○従業員の出勤簿
この2つは外すことはできません。労働保険料の計算が給与の総額ベースで計算するので、この2つは欠かせません。たまに、契約書の提出を言われることがありますが、大体この2点です。
建設業だと元請の金額と下請けの受注金額を分けて保険料を計算する特殊なやり方をしますが、サービス業ではその計算はないのでご安心ください。
《書類の用意》
よほどのことが無ければ、書類を労働局の担当に送付すれば問題ありません。基本的には書類の送付で完結します。現地に調査員が来るのはほとんどありません。呼び出しもありません。指定された書類を送付するだけです。
《結果の通知》
結果の通知は1ヶ月位で来ます。計算ミスや賃金台帳総額との相違がある場合には、修正書類の記入が求められます。なにもなければ、その旨の通知が来ます。
■注意点
よくあるのが、二重帳簿のようにして労働保険料を計算している場合です。通常の保険料を下げるために、賃金台帳を少なく記載している場合です。
たまに、調査の際に決算書と源泉徴収簿とを求められることがあります。その際、税務署類には正しい賃金総額を載せていて手元の賃金台帳には少ない額を載せていて不正が発覚することがあります。
基本的には、賃金台帳と出勤簿でことは足りますが、明らかに怪しい場合には決算書や現場調査になります。ほとんど現場調査はありませんが、たまにあります。
労働保険料は社会保険料と比べても金額が小さいのでしっかり払いましょう。誤魔化してもそこまで得する金額ではないので。
■助成金調査
雇用調整助成金の話が出てきたので、助成金の調査にも触れてみます。助成金の不正受給の調査対象になるのは、
①密告
②明らかな書類の不正の発覚
の2パターンに分けることが出来ます。ほとんどの場合は、②です。結構大胆な誤魔化しをする事業所があります。労働局もチェックポイントをいくつも設けているので、雑に作った書類はすぐにバレます。
助成金調査の場合の流れは以下のとおりです。保険料調査の場合と異なり本気度が格段に違います。どちらかというと犯罪捜査に近いです。
《通知》
通知が来ることもありますが、電話が来ることもあります。しかも、訪問の。助成金調査は事業所での調査が多いです。現場調査です。時間を与えて不正書類を捏造するのを防ぐためです。交渉次第では書類持参も可能ですが、基本は現地調査です。
《書類》
賃金台帳、出勤簿、契約書、助成金添付書類一式を求められます。また、事業所の職員の面談もあります。取り繕っても、面談でバレることが多々あります。
口裏を合わせても面談で正直に従業員が話してしまうことがほとんどです。
書類も細かいところまで確認されます。調査担当者は、その調査専門なので、筆跡やら細かいところまで理詰めで攻めてきます。書類があれば終わりではなく、「誰が、いつ、何をベースにどう作ったか」を詳細に聞いてきます。大体この辺りでみなギブアップして正直に話します。
《処分》
調査終了後処分が決まります。不正受給なので、不正分または全額返金がベースになります。そこにペナルティ分を乗せるか、利息を乗せるかは悪質さの度合いに寄ってきます。
また、労働局のホームページ上での事業所名公表も悪質さの度合いや反省度合いに依るところが多いです。ただ、しっかりとした対応をすれば公表まではないです。
■最後に
税務調査に備えてさまざまな対策をしている事業所は多くあります。しかしながら、社会保険・労働保険の調査対策をしている事業所は少ないと思われます。
今後は、調査が益々増えることが予想されます。そのためにも、しっかりと賃金台帳と一致する金額の保険料を納めることを徹底してください。